2012/01/13

220 引き続き「我が家の計画停電」

 ついつい見入ってしまうゆらゆら揺れるロウソクの火。東日本大震災による計画停電をきっかけに始まった、我が家の月一の計画停電は毎月11日と決めています。いつもの夕食後の団らんは、もっぱらテレビで過ごしますがこの日はそうは行きません。基本電気の使用は禁止ですから。ゆらゆら揺れるロウソクの炎をぼんやりながめているか、家族との会話を楽しむしかありません。震災後の計画停電もそうでしたが、ロウソクと懐中電灯の用意はもちろん、食事も早々に済ませそれに備えました。時折やってくる余震におののきながらの暗闇でしたが、準備からはじまって暗い中でのあれこれ、そして弾む会話が何故かとても新鮮でした。子どもの頃の他愛も無い話や家族の愉快で恥ずかしい出来事など、よく顔が見えないだけにまったく気にならずできました。家族がぐっと近づいた夜でした。以来、毎月11日は、ノー電気ディーとして生活にアクセントをつけています。

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2011/10/17

219 屋根の上を遊ぶ

 このアトリエの屋根は傾斜が弱く、隣の物置によじ上ってから勇気をふりしぼって注意深く飛び移れば、簡単にたどりつける別世界です。屋根の上はどちらかと言えば鳥や猫たちの世界。そんな非日常を求めて屋根に上がってみました。屋上と違って階段もなければ、もちろん手すりすら無いものだから危険きわまりない。恐怖心をかなぐり捨てて、上ってみてみればそこには見晴らしの良い景色とそれはそれは大きな空が広がっています。あの3月11日の東日本大震災の大津波で岩手県大槌町の民宿の屋根に乗り上げてしまった遊覧船「はまゆり」の異様な映像を見てとてもショックをうけたのを思い出します。あれ以来、やはり地震で瓦が落ちてしまってブルーシートをかけた屋根がとても気になっていました。最近は、太陽光発電パネルがやけに目につくようになりました。やはり禁断の領域、屋根の上は鳥や猫たちと太陽光発電パネルにおまかせにしたほうがよいかもしれません。

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2011/06/23

218 挽き臼体験

 かつて穀物を粉にするのに欠かせなかった、挽き臼をご存知でしょうか。溝の入った大きな丸い石を重ねてすり合わせ、その溝で麦や蕎を粉砕する昔からの道具です。今では、石に刻まれた模様が美しく(構造それ自身に装飾性が内包しているよい例)、しかも滑り止めになることから庭の敷石や飛び石に利用されて、本来とは異なった使われ方で大いにその魅力を発揮しています。よく目を見開いてみると、古い農家の裏庭やお寺の庭園などにここかしこにその姿を発見できるということは、とても身近な道具だったと気付きます。美味しいそば粉がひけるということから、この挽き臼でお蕎を提供している本格的なお蕎屋さんも多くあるようです。
 さて、庭のプランターの下で眠っていた汚れ果てていた挽き臼をきれいに洗い、引き手をつけて粉引き体験を試みました。汗をながしつつ大きな石を回転させるとみるみるうちに白い粉がすりだされてきました。単純だけどなんだか不思議。蕎もうどんも食パンも実は穀物を一旦粉にしていることにちょっと感動。

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2011/03/04

217「糸電話でもしもし」 31人のコミュニケーション

 30人の大学生が紙コップの糸電話で、この実習での感想を伝えあうという愉快なコミュニケーションを行いました。県立健康科学大学の教養科目として設けられている造形芸術の講座最終日のことです。
 ここでは、高校時代にものつくりや表現行為をスルーしてきたアート難民の学生たちと、様々な素材と表現手段で置き去りにしてきた行為を追体験します。すっかり忘れかけていて、こんな機会でもなければ一生行うことすら無い造形活動。落書きのように気ままに描くことや川原で集めた自然物を並べてみたりとそれはそれは自由に感性を働かせ、答えを自分で見つけるというちょっと気のぬけない、でも癒される実習です。最後の個人制作において紙コップで立体作品をつくることを目指していたある学生が迷いに迷って、あげくの果てにつくり上げたのがこの糸電話でした。作品は、計画から完成までの作業行為ばかりか展示したり、活用することまでが作品そのものなのです。今や常に手や懐中にあってコミュニケーションの道具として多いに活用されている携帯電話とは、ひと味違う糸電話。糸から伝わるアナログ感が格別で意外に良く聞こえるばかりか、なによりその暖かみのあるコミュニケーション行為に皆大興奮でした。

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2011/01/25

216 ペッたんこスタンプワークショップの効能

 「ママ びじゅつかんってたのしいね」就学前の幼い女の子の一言です。
楽しいだけの美術館ではどうかと思うけれど、ファーストタッチの美術館が楽しいと感じればきっと将来ボーフレンドと一緒にアートを楽しめる心豊かな女性になってくれるはずです。
 群馬県立近代美術館のアートまつりは、美術館から足が遠のく冬のこの時期に子どもたちとその家族を対象に行われています。今回、寺澤事務所・工房ではホールに幅3m長さ10mに及ぶ大きな紙を2枚も並べて、参加者が手づくりしたゴムスタンプをぺったんこ押しまくるワークショプを企てました。小さな木片に両面テープを貼って、思い思いの形にはさみで切り抜いたゴムシートを貼付けて、即席スタンプで協同作品をつくるとう試みです。
 先ずスタンプづくり作業、次はできたスタンプを持って大きな紙にペタンコ押します。押し方しだいで表情が出て、たくさん押すと模様が連なって、はたまた他のお友達と繋がって思いがけない形が姿を現します。
 押されたスタンプ模様を避けながら、あるいは連なる模様をたどるようにつま先立ちして大きな紙の上を行ったり来たり。本当に子どもたちは遊びの天才です。「なかなかインクが落ちない汚れた手と一緒に靴下もお風呂でゴシゴシ洗濯しました。」というその後の様子も届いて、これこそ子どもたちとのワークショップの効能です。

WSの様子をUSTRAMで配信しました。保存動画が以下でしばらく見られます。
http://bit.ly/f6ANZt
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いつもは静まりかえっている広いホールが、今日はおまつり騒ぎ。

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つま先立ちして大きな紙の上を行ったり来たり。

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汚れた靴下を洗濯するのもWSのつづきです。

2010/12/28

215 描くココロ

 今、こうしている一瞬も時は刻一刻と過ぎ去り、連なる時間の流れの上にあって決して後もどりできない。絵を描くおもしろさは、実はそんな一瞬一瞬をとどめておくことができるからかもしれません。本当に自分は、この世界に生きているのだと実感できるのです。それが落書きのようなものでも、文字であっても。
 その時、手を動かしココロを動かして痕跡を残すことは、自分とその世界を画面に封じこめることにほかないのです。つまり、描きたくなるのは、知らぬ間に自分を実感したかったり、自分とまわりの出来事を記録したいという本能のようなものの表れなのかもしれません。

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2010/12/20

214 ナンでもカンでもスタンプ その3

『冷蔵庫の中・・・野菜スタンプ』
シシトウ、ブロッコリー、ネギ、インゲン。これって野菜炒め料理の素材?いいえそうではありません。なんとスタンプ遊びの材料です。冷蔵庫の中でしなびて眠っている野菜たちがちょっとした工夫で簡単に楽しいスタンプに変身します。自然にある形は、よくよく見つめてみるとどれもこれも個性的で驚きに充ち満ちています。これらの野菜たちをいろいろな角度に切ったその切り口に思いがけない形が現れて、素敵なスタンプ模様になります。どれもこれも作ろうとおもってなかなかつくれるものではありません。いろんな野菜を組み合わせてクリスマスのカードにいかがでしょう。

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これはブロッコリー

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長ネギの断面

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いろいろためしてみよう


2010/12/10

213 木蓮の葉っぱ収集プロジェクト

 庭にある木蓮の葉がいったいどれほど茂るのだろうか、というそんな素朴な疑問が出発点だ。秋になってつもりに積もった枯葉をひたすら拾い集めてみる。それだけじゃつまらない。この葉が茂り始めた春先からすっかり葉が散るまでの数ヶ月間葉っぱたちの移ろう姿をカメラににおさめてみました。まるで家族の記録写真を撮るように。
 そもそもこの木は、この地へ越してきて間もない20年ほど前に植えられたものです。いつの間にやらりっぱに育ち、太い幹、伸びる枝、そしてたくさんの葉を毎年繁らせます。晩秋木枯らしが吹く頃、庭いっぱいに大きな葉っぱが積もり、掃き集めながらいったいどれだけの葉を茂らせるのか気になっていたのです。
 昨年はこの葉を使って蓑虫のような葉っぱの上着をつくって楽しみました。(このブログの184参照)楽しかった。
 枯葉になって落ちた葉をたんねんに拾い集めました。異例の猛暑になった盛夏には、庭いっぱいの山盛りにしてくれるような青々と生い茂っていた葉も秋になるとやせ細って思いのほかボリュームが無いのに驚きです。

 それでこの枯葉いったいどうしよ~?

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2010/11/22

212 「ドングリ家族の大集会」

カシワ、ミズナラ、コナラ、クヌギ、ナラガシワ、アベマキ、ブナ、ウバメガシ、イチイガシ、アカガシ、アラカシ、ウラジロガシ、ツクバネガシ、シリブカガシ、マテバシイ、スダジイ、ツブラジイ、驚いたことにこれみんなどんぐりたちが実る木々らしい。以前、福岡生まれの知人から煎ったシイの実が露天で今でも売られていてとても美味しいと聞きました。人類がドングリを主食にしていた時代があって、土器はドングリの灰汁(あく)ぬきのため発明されたと言われています。さて、「ドングリ家族の大集会」を清々しい秋晴れの“るなぱぁく”で行いました。たわわに実ったたくさんのドングリの中から自分の家族によく似たドングリを発見して、それぞれに目鼻を描いてドングリファミリーをこしらえるのです。家族のこといつも空気のような存在で、とても大切なのに時々忘れてしまうことよくあることです。できあがったドングリたちを仲良く並べてみたら一粒のちさなドングリが人と人、家族の心を繋ぐインターフェイスになるかも知れません。ドングリは人類になくてはならない木の実だったのを実感します。

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せいぞろいしたドングリ家族たち

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2010/11/13

211 ナンでもカンでもスタンプ その2

『ごろごろどこまでも・・・つながりスタンプ』
コルクでできたワインの蓋は、洒落ていてあっさり捨ててしまうには惜しい。だからと言って何に利用するか思いつかなかったけれど、コロコロスタンプに最適なことを発見しました。紀元前の古代メソポタミアでは、シリンダーと呼ばれている円筒印章を粘土に押し付けて図や文字を転写していました。ここでは、父さん母さんの飲んだワインのコルクに両面テープを貼ってタコ糸をクネラせながら巻いていきます。途中で輪っかにしてみり波模様にしてみたりしてみましょう。できあがったらたっぷりインクをつけて、大きな紙にゴロゴロやってみましょう。そう言えば、縄文土器も縄を土器表面の粘土にゴロゴロはわせて模様をつけたんだった。トイレットペーパーやテープの芯など円筒形のものだったら大丈夫だね。さがして試してみよう。

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大きな紙だと気持ちいい

210 ナンでもカンでもスタンプ その1

汚れてしまった手で物に触れると指紋や手形がつくというあたりえの事象が、ちょっとした造形遊びのきっかけになります。もともと別の作業をしていたのに、偶然白い紙に指跡がついてなんだか不愉快だったけど、気をとりなおして前向きな気持ちになって、この際だからペタペタやってしまえとばかりに指先から手のひらまで色だらけにして「ナンデモカンでもスタンプ」だ。来年の干支は、ウサギだから小指はピンとのびた耳。親指が身体だったら、しっぽは人差し指でチョコンと・・・。いろいろ工夫して試みてみましょう。汚れた手はあとでしっかり洗えば良いのだから。

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あれ?ねずみかな

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2010/11/09

209 水切りの石

今回で8回目を迎える野焼きパーティーは、今年も好天に恵まれ、ちょっと暑いくらいの日差しの中、無事終わりました。野焼きは、原始人になりきって自分でつくた粘土の作品を鏑川の河原で素焼きするイベント。ここでは、マッチで火をつけたり燃え盛る炎の強烈な熱さを感じて自然の力を思う存分体験するのです。この石ころだらけの河原だったら、当然思いつくのが水切りです。ゆっくり流れる川面に点々と石が水を切ってまるでトビウオか産卵するシオカラトンボのように進むと、それはそれはスカットします。そんな爽快な気持ちになるには、円盤状の都合の良い小石を見つけ出すのが肝、それから野球でいうサイドスローで川面に滑るように超スピードで投げることが要求されます。なんとギネス世界記録は、51段という強者がいて大の大人が夢中になっているとか。掌に馴染む水切りに最適な小石を見つけると、どこまでも水を切って飛んでいきそうなので、ついついポケットに入れて持ち帰ってしまいます。

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水切り用石コレクション

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見上げるとこんな清々しい空

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2010/11/04

208 暗闇は無限に広がる(DIALOG IN THE DARKにて)

 歳を重ねると幾つもの体験を積んで、初めてのこともほとんど分かったつもりになったり、以前の経験から想像することで感激が薄れてしまったりで何だかつまらない。
 出会った仲間6人と共にとてつもなく刺激的な?秋の大運動会を楽しみました。先ずは恒例の玉入れ、次はリレー、最後は宝探しと。汗をかいた後は皆で干草の上に横になってしばし休憩。お次はカフェへ、それぞれ好みのドリンクで喉を潤しながらおかれた状況を懸命に把握しながら五感をフル回転させ・・・。
 なにあろうこの体験は、真っ暗闇での出来事と聞いて驚かれることでしょう。眼の不自由なアテンドの導きで怖る怖るの未知の世界は、どれもこれも本来明るい日の光の下、視覚をたよりに行うはずのもの。手をのばした僅かな空間が感じとれる最初の世界。次第に同行する仲間たちの息づかいを感じ、世界が広がります。でも光の無い暗闇は、実は流れる空気や遠くで響く音を感じとれる全てが私たちの世界で、目で見渡せる以上に大きく無限なんだと感じます。見ることでいかに分かったつもりになって世界を狭めているかを知りました。
ダイアログインザダーク
http://www.dialoginthedark.com/forv/index.html

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2010/10/24

207 マキワリ少年

スキマスイッチの「全力少年」は、♩積み上げたものぶっ壊して、身に着けたもの取っ払って〜渇いた脳を潤せ〜僕らは全力で少年だった〜♩と唱う。そして、♩遊ぶこと忘れてたら老いて枯れんだ(置いて行かれんだ)ガラクタの中に輝いていた物がいっぱいあったろう?♩と続く。で今回は、「全力少年」真っ最中の唱くんの薪割りを紹介します。今時、鉈(ナタ)を常備してある家なんて探してもなかなかありません。子どもの手には少々重いアトリエの鉈は、柄に藤丸屋という屋号の焼き印の入ったなかなかの年季もの。きっと昔、宿の囲炉裏や竃(かまど)、風呂等の火おこしに使用人たちが重宝していたことがうかがえます。木工作ではノコギリでギコギコ、カナヅチでトントンが定番ですが、もっと素早く角材を切れないかと道具入れの奥から引っぱりだしてきたのがこの鉈というわけです。やっぱりノコギリのように美しくきちんと切れませんが、鉈ならではのダイナミックな作業は、少年にとってとてつもなく刺激的な行為だったようです。それで彼の歌は、♩怯えていたら何も生まれない〜セカイを開くのは僕だ〜で終わるとってもイイ歌詞です。

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「これはちょっと無理でしょう」


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2010/10/09

206 分解ワクワク

音の出なくなったラジオ、動かなくなったゼンマイ式目覚まし時計、古ぼけた小型フィルムカメラ。すっかり使い物にならなくなってしまったガラクタたち。どれもこれも立派に動いて役にたっていたのに、何だか愛おしい。最近のラジオや時計、カメラたちはハイテクになってとてもじゃない手に負えない。でも、旧式機器たちだったら何とかなりそうだし、このまま廃棄処分じゃもったいない。せっかくだからいったいどんな仕組みになっているのか分解してみました。ネジを外し、そっとボディを開けると普段は見られない中味が姿を現し、赤や白のコード、歯車やぐるぐるまきのゼンマイ、小さなバネやピン。たくさんの部品が片寄せ合っています。なんてわくわくさせるのでしょう。ちょっとした拍子に音を立てて動き出してびっくり。それぞれ部品が何処かへいかぬよう、どこに使われていたか忘れぬよう注意しましょう。ほどよくバラバラになったら、こんどは組み立てです。すっかり元通りになったら分解組み立て作業は完了。何?ネジが一本余ってしまった。

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ねんのため部品をスケッチ

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無事完成

2010/09/07

205「水」遊び

本当はのんびりするためにあるはずなのに、宿題に追われたり、度重なる行事や旅行で、目一杯になってしまう夏休みが、いつの間にか終わりを告げました。でも猛暑はそのまま。なので新学期のアトリエは、いまだ夏休み気分はぬけぬまま。火照ったからだをクールダウンさせるために、土間にブルーシートを敷き詰めて水遊びです。各自小さなヨットと言おうか帆かけの船を手つくりして、浮かべてみました。素足になってアトリエの中に大きな水たまりをつくることも、みんながやって。コースも用意して団扇をあおいで「よーいスタート」。地球は水の星と言われるほどたくさんの水でなりたっていて、人間の身体のそのほとんどが水でできているそうです。身近すぎてそのありがた味をちっとも感じない。本当は、素材としての「水」。例えばガラスのような真っ平らな水面、広がる波形。水滴が踊る姿。スポンジなどにしみ込む様子、蒸気になって姿を変えたり、ヒンヤリ冷たい氷の触感。多様な水の姿や不思議さを感じて遊びや創造活動に繋げたかったのだけど・・・・。それは次に機会です。

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204 つながる段ボールハウス(中河原保育園にて)

ここちよい自分世界を堪能できる段ボールハウス。(このブログと同名の拙書「手であそぶみつける」上毛新聞社刊 / ISBN9784863520134の中で詳しく紹介しています)廃材の段ボール箱を使って、入口とちょっとした窓をあけるだけで簡単に工作を楽しめて、自分だけの住処をこしらえることができます。そんな手軽な工作を中河原保育園の仲間たちといっしょに行いました。自分たちの手でこしらえる段ボール工作の楽しさもさることながら、ここでは仲間の家を訪れたり、招きいれたり。そして、ひしめきあうほど仲間が入って触れ合うことも体感しました。共に「つくって」「あそぶ」ことがどうしてこんなにも刺激的で興奮することなのか不思議でしかたありません。最後に出来上がったハウスを全て「つなぎ」あわせて、一体感のある「つながり段ボールハウス」にしました。まるで大きな家に住む大きな家族のように、回廊になったハウスを皆でトンネルくぐりをするように巡りました。

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2010/08/07

203 染み込む絵

アトリエの入り口には、おおよそ3坪ほどのコンクリートでかためた土間があります。宅急便の受け渡しやちょっとした来訪者との立ち話、打ち合わせなど靴のままですますことのできる便利な空間です。もちろん汚れたり、ゴミのでる作業は、もっぱらこの土間で行います。この夏は、猛暑をしのぐため何度となくこの土間に水を打って涼を求めています。でもやっぱり暑い日は、雷とともにやってくる本物の夕立こそ私たちの火照を鎮めてくれます。焼けた地面にポツポツと落ちる大粒の雨の跡とともに鼻孔に飛び込んでくる夕立の匂い・・・なんだかたまりません。せっかくだからこの土間をキャンバスにして、たっぷりと水を含ませた太い筆で絵を描いてみました。水の染み込んだ筆跡がみるみる伸びやかかに広がります。てらうことなんかありません。一気に描ききらねばなりません。だってみるみるうちにぼんやりしてきて、終いには跡形もなく消え失せてしまいます。ところで、昔に比べて、なんだか夕立が少なくなったように感じます。

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2010/06/13

202 砂鉄マラソン

子どもの私にとって、壊れたモーターを分解すると現れる磁石という金属塊はとてつもない発見と喜びでした。何故モーターの中に磁石があるのか?どうして動くのか?よくわからなかったけれど、出てきた磁石は宝物で、その磁石で集めた砂鉄もとても不思議でならなかった。下敷きの上に砂鉄をのせて下から磁石を動かすと、まるで小さな生き物のように踊りだした。理科の実験でもそんなことをしたけれど、工作や遊び気分だった。そのころ、冒険へ旅立つ時に持参するものは?と聞かれたら、虫眼鏡や肥後守(和製ナイフ)とともに常に携行したい大切な道具類のひとつにあげたかもしれない。さて、もはや見向きもされなくなった磁石と砂鉄でひと遊びです。簡単です。厚紙に砂鉄選手が走るコースを描いてヨーイドンでマラソンです。厚紙の下から磁石を動かすと、小さな砂鉄たちがまるでマラソン選手のようにかたまりになって走りだします。途中棄権する選手がいたり、コースアウトしてしまう砂鉄君がいたりでけっこう愉快です。

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2010/03/27

201 ドングリ小僧 Hide&Seek 続編

 ドングリたちを街にかくしました。
 かくれんぼで、鬼にみつからぬよう上手にかくれるのには、鬼から見て死角になるような意外性のある場所がイイ。周りの様子をうかがえて、しかも居心地が大切。注意しなければならないのは、周りがほとんどうかがい知れぬ奥深い場所に入り込んでしまうことです。いったい何処にかくれたのか自分ですらわからなくなるほど真剣にかくれると、みなから忘れ去られてしまう。という恐ろしいことになってしまいます。
 残念なことに、街中の新しい建物のほとんどは、安全性を考慮して、私たちはおろかドングリ小僧たちがかくれる僅かな空間すらなかなか見当たりません。ドングリたちのかくれ場さがしであちこち彷徨い歩き、見えていなかった街の様子が見えてくる。建物の構造や道路の段差。街の表層しか見ていなかったことによく気づく。工夫された色鮮やかな看板を見てもドングリの隠れ家になりそうな隙間ばかりが目に飛び込んできます。きっとみんなが、ドングリ小僧たちを探す時にも同じ現象がおこるはずです。ドングリたちの様子を思い描きながら隠れた状態をイメージして、ドングリの目線で街(環境)をながめると見えない(見えていなかった)ものが見えてきます。

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2010/03/22

200 ドングリ小僧 Hide&Seek

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ここにエントリーしたドングリ小僧たちは、群馬県立近代美術館アートまつりの「ドングリ小僧の大集会」会場で生まれました。それぞれが目鼻が描かれただけでなく、名前やニックネームがあったり、年齢や性別があるばかりか、住処や得意技をももっているのです。そんな個性的なドングリ小僧たちは、生みの親のイベント参加者から離れて前橋中心市街地の何処かに隠れます。その場所は残念ながら秘密なのです。でも、グーグルマップにドングリ小僧たちが隠れた様子をちょっとだけアップするので、それを手がかりにぜひ探しあててみてください。もし出会えることができたなら手元におくのも良し、新たに街のどこかに隠してみるのも良いでしょう。見つからない行方知らず小僧たちは、きっと冒険の旅に出るのかもしれません。だから何かの時に思い出したら、街の看板の裏やブロック塀の上、側溝の中など・・・ぜひ目を向けてみてください。放浪のドングリ小僧たちがひょっこり顔をだすかもしれません。

http://bit.ly/2CpeWa
(ドングリ! Hide&Seek / Googlemaps)
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2010/02/06

199 男の子という生きもの

 アトリエの男どもはいつもはなかなか作業が始められなっかたり、すぐに飽きてしまうことが多く、終いには大騒ぎになって呆れるほど集中できないそんな甘ったれで、落ち着きの無い面倒な生きものだ。でも、何やらみんなで企んで作業しだすとうまく役割分担して力を合わて作業に取り組むのは、いったいどうしてなんだろう。その熱心さはどこからやってくるのだろう。持ち寄ったビー玉を転がすための傾斜のあるコースをつくるアトリエ内の建設現場では、コースとなる段ボールをカットして資材の準備をするものあれば、それらをつなげるもの、傾斜を調整しながら足場をつけるもの、ときよりビー玉を転がして具合をみるものとそれぞれのキャラクターと技術、持ち味をいかした役割が発生している。個々での作業の時では、決してみられない生き生きしとした姿がそこにありました。まだまだ連携は悪いもののひとつのチームが存在していました。男の子たちが野球やサッカーのゲームに夢中になったり、会社や現場でプロジェクトに打ち込む社会性の強い生きものであることがよくわかるアトリエでした。

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2010/01/16

198 ドングリ陣取り遊び

 ドングリがころころ転がり、行き先があてにならないのはいつものことで、まるであのラグビーボールのように気ままな転がり方をします。
 神社の境内や道路、ちょっとした空き地がまだ舗装されていない地べただった頃、棒切れや釘で四角い陣を引いて「陣取り遊び」をしたことを思い出します。まず、四角の隅が各自の陣地になります(だから4人でできる)。自分の手のひらで角を中心につくる扇形の内側が最初の陣地となります。オハジキほどの石ころを用意して陣地から指ではじいて3回で自分の陣地に戻ればその小石の移動した軌跡内が自分の支配下になります。これに成功するとあらたな陣地の角から最初と同じにように手のひらで円を描いて生まれた新しい扇形これも陣地となり、かりにこの扇形の線が他の境界線に交差するとその内側全部が陣地としてひろがります。で、その小石の代わりにドングリで「ドングリ陣取り遊び」をやってみました。広い地べたが無いのでアトリエの土間で、色チョークで線を引き引き・・・。
 ドングリのやつほんとうに気ままでなかなか面白い。地べたに小石の陣取りも時々思いがけない転がり方で一喜一憂したけれど、どんぐりもなかなだ。フットボールの競技中ルール違反してボールを持って走ったのがラグビーの起源というが、足で蹴ることがもどかしくなったのも何だかわるような気がします。ドングリの動きに翻弄させられる「ドングリ陣取り遊び」やってみてね。

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2009/12/30

197『どんぐり小僧』が美術館のホールを占拠

そこは群馬の森。ひろい敷地に巨大なブロンズ製の馬が出迎えてくれる群馬県立近代美術館。秋の日差しの遊園地「るなぱあく」で生まれたどんぐり小僧たちが占拠したのは、彼らにとって果てしなく広く、限りなく天井の高いこのホールです。いつもは、名画が並ぶちょぴり敷居の高い美術館ホールに子どもたちの歓声が響き渡ったのは、1,600を越えるどんぐり小僧たちの中から自分のどんぐりに再会した時です。訪れた子どもとおとながホールの床にしゃがみ込んでひたすらどんぐりを探す姿は、なんて微笑ましいのでしょう。それにしても遠くから眺めるとみんな同じに見えるどんぐり小僧たちが実は、とても個性的でそれぞれまったく異なることが、近づいてみると不思議とよく判ります。大集合してホールを占拠したどんぐり小僧たちはいったい何を話して、どんなことをたくらんでいるのだろう? 次第に冬の日差しが傾いて、彼らの影が怪しく長くのび、森の中が薄暗くなるころ。美術館をぬけだしたどんぐりは、どんな冒険の旅にでかけるのだろう。

*下記 群馬県立近代美術館 アートまつり開催レポートで紹介されています。
http://www.mmag.gsn.ed.jp/art-event/matsuri_report.htm


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2009/11/24

196 『どんぐり小僧の大集会 in るなぱあく』

 秋になるとたくさん実るブナ科の実「どんぐり」は、私たちにとってもっとも身近でなじみ深い木の実です。どんぐりといってもいろいろ種類があって、形もさまざま、なかなか多彩でよくよくながめると、どれとして同じものが無く個性的でなんだか愛おしい生き物のように見えてきます。縄文人はこの実を砕いてどんぐりクッキーをつくって食べていたと言いますが、私たちの中にどんぐり大好きDNAが脈々と引き継がれているのかもしれません。個性的な愛着のわくどんぐりに顔を描いて自分や自分の家族に見立てて楽しむ『どんぐり小僧の大集会 in るなぱあく』を行いました。初めて出会う参加者親子にとってこの手のイベントは、比較的取っ付きやすいものの、いざとなるとなかなか参加する勇気がもてない方もいます。でも、この『どんぐり小僧〜』については別格です。どんぐりたちが簡単にその垣根を取り払ってくれるのです。ひとりぼっちではなんとも寂しいどんぐりも、徐々に仲間たちが増えると活気づいて今にも動き出しそうです。参加したみなさんありがとう。

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2009/11/07

195 つくるの大好き

「手でつくるあそぶみつける」が始まったのは、2004年の春からです。1回目から180回まで上毛新聞に連載された全てをまとめた本を出版しました。本にまとめることを前提に原稿を読み返してみると、やっぱり気になる所が幾つも見えてきてとても困ってしまいました。でも、その時の気分で書いてきた文章がどれもこれもあちこちで繋がっていて、自分でも気付かなかった関係が見えてきました。ここでの主テーマになっているアートとデザイン、仕事と遊び、子どもとおとなは、実はみんな境目なんかなかったんだということを強く感じました。それにつれて、なんだか自分自身がよく判ってきたような気がしたのです。叱られて涙を流す自分の顔を壁に大きく落書きをしてしまったことや、ポトポト流した涙が不思議な形に広がったりにじんだりしたのにすっかり驚いて、どうして叱られていたのか忘れてしまったことなど。幼いころを思い出して、自分はどうやらとても厄介だけど、たのもしい子どもだったんだと…。
この本で紹介した子どもたちとの数々の活動は、私というおとなの内にかろうじて残ってる「子どもこころ」を多いにかき立てて、分別くさいおとなを忘れさせてくれるのです。「子どもこころ」とは、いわばアートする創造的なこころです。ちょっとばかし未熟な、たよりなさそうな子どもたち(でもちがう)。彼らとの活動は私の日常をゆさぶり、忘れている素朴で自由なあそびこころを呼び起こし、なえたこころを奮い立たせ、時には荒んだ気持ちを癒してくれる効力があるのです。

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2009/11/02

194 桜山小学校での試みーその2 文字の色について

新聞を広げたり、本を開いた時。そこにある印刷された文字たちの大きさや配列、もちろんそれらが意味する文脈を意識、判読するものの文字の色まで気にする人はそうはいない。大きな筆にたっぷりの硯の墨をふくませて半紙に文字をしたためる書。生き生きとしたかたち、はねやとめ、かすれやにじみといった書ならではの限りない多様な表現のなか、墨の色こそ大切な要素だ。黒々とした墨の意思の強さ、うっすらとした薄墨の柔らかさ奥ゆかしさ。このサイン計画では、表記するひとまとまりの文字に3段階のグレートーンを混在させてみました。個々の持つ文字の視覚的意味を色によって少しだけ変えてみる。はたしてどうだろう?色で文字のもつグラフィカルな力がより引き立つ時があることを確認できるだろうか。

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193 すっかり北軽井沢の自然の虜

にわかに雄大な姿を現したのは、四季折々に驚くほど姿を変える浅間山。秋も深まった浅間高原北軽井沢には、金色に輝く唐松が現前に広がり眩しいほどです。申し分の無い好天に恵まれ北軽井沢コンソーシアム協議会主催による初めてのワークショップ「秋と森と北軽井沢」は、浅間山を背にしたスウィートグラスキャンプ場で行われました。この地に集ったのは、県内あちこちから参加した親子連れの総勢30名。この日の指導は、自然の中で仕事をしたいと東京から移り住み、ネチャーガイド、クラフト教室、スノーシューツアーなどで活動する堀江裕幸さん。参加者は、森の中を散策しながら集めた自然物を材料に工作をします。森の落としもののナラ木の枝をノコギリで切って、どんぐりの目玉をグルーガンで取り付けて枯れ葉の翼もたくさん付けて、奇妙な生き物を作ったり、それぞれイメージを広げて幻想的で可愛い作品がいくつも完成しました。出来上がった作品をお互いに見せ合ってその斬新さに驚いたり感激。最後に不要になった材料を燃やして、用意したマシュマロを焼いて口一杯にほおばって終了というあっという間の一日でした。この日、この大地に立った参加者はその清々しい空気と雄大な浅間山の姿に圧倒され、自然に接する喜びを堪能して、すっかり北軽井沢の虜になって帰ったのでした。どうもありがとうございました。

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工作の材料集めに森に分け入り、時折吹く風でおこる枯れ葉シャワーを浴びました。


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枯れ葉の山に埋もれて自然にとけ込んだりととても楽しく遊んで瞬く間に午前中スケジュールが終了しました。


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奇妙な森の生き物できました。


192 石屋さんごっこと温泉遊び

はて、いったい何回目の野焼パティーだろうか?今年も開催されました。もちろん鏑川の河原です。例年同様、先ずは湿った河原の地面を乾燥目的に空焼き開始。次は、持ち寄った粘土作品を次第に近づけながら少しづつ火を強く大きくして行きます。積み重ねた薪が崩れ落ちぬよう注意深く攻め焚きの用意をします。今年も順調、風も無く、もちろん雨がちらつく気配すらありません。だから子どもたちものんきなもの。今回は石を集めて、石屋さんごっこが始まりました。いろいろな模様の石が大小さまざま取り揃えられ並べられました。売れ行きはといえばもうひとつ。当然ですあたり一面石だらけなのですから。ことなく焼き上がった作品を集め片付けた後は、川の水で焼けた地面の消火作業です。地熱をもった地面からは、水をまくとジューという音とともに白い湯気が立ち上がり、まるで温泉のようです。たまった湯水に触れてみれば熱湯でアッチチ。ひとしきり温泉遊びをして無事終了でした。楽しかったね

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うまく焼けたよ「イェー」


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温泉スチーム噴出?


191「a small bookstore in the shop」

この春から夏にかけて、本(「手でつくるあそぶみつける」)の出版とその本にまつわる展覧会の開催で熱くて慌ただしい日々が駆け抜けていきました。この忙しさは、中年の私の心身にはとても過酷な夏となりましたが、どうやら元気をとりもどしてきました。そこで、この本をめぐって群馬大学大学院社会情報学研究科の福西敏宏氏とともに新たな試みをしてみましょうとおそるおそる動き出しました。本を売るのは、本屋さんだけ?と疑問に思って、では、いろんなところに置いてみましょう。そんな単純な行為が人の繋がりの起点になって、コミュニティの結節点になったり、お店だったら、ちょっと様子が変わったりしないかと想像してみたのでした。もちろん本が売れない中での苦肉の策という面もありますが、モノとしての本の力を再発見したり、この本の中味そのものが本屋さんから飛び出して、他に置かれるのに相応しいと感じたからでもあります。既に本で紹介している障がい者アートを支援する活動を繰り広げている“NPO工房 あかね”に、“県立近代美術館や”博物館“”、“ノイエス朝日(ギャラリー)”等に本が置かれています。そこでは、従来の書店では決して手にとることのない方々の目に触れ、新たな出会いが生まれています。次は、お店の中のちいさい本屋「a small bookstore in the shop」として、街のカフェ、ケーキ屋さん、おもちゃ屋さんやインテリアショプの棚を飾って、新たな出会いを促します。

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アジアンカフェ オリエンタル内のスモールブックショップ


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黒田人形店さん。ここには木のオモチャがいっぱいだよ


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インテリアショップのルコンさん


2009/09/24

190 桜山小学校での試みーその1  縦組と横組

グラフィックデザインにとって文字(漢字や仮名)を縦に組むか、横に組むかは大問題。当然縦に組めば和風、横に組めば洋風。そればかりでなく、文字が占めるスペースも変わってくるのです。玄関口にある表札は、はたして縦組みが多いのか横組みが多いのか?漢字は、もっぱら縦書きで表現されていたにもかかわらず、今や横書きが氾濫し、それが当然のようになっている。かつては、アラビア文字のように横書きは右から左に並べて表現した時期があって、古い広告や朽ち果てた看板にその面影を見て、不思議な懐かしさを感じる。時々、字間や行間が不適切だったりレイアウトが不自然だったりで、一瞬縦書きなのか横書きなのか迷うような困ったレイアウトを見かけることがあるけど、なにやら刺激される時がある。きっと縦組には縦組らしいスペーシング、横組には横組のレイアウトがある。ここでは、ひとつの文字配列のなかに縦組と横組を混在させて表現するという冒険をしてみました。実は、決められた方形というスペースの中に文字を配置しなければならないという苦肉の策だった。横から縦への変化にともなって配色を工夫することで、その冒険も不思議にしっくりするものになりました。あたかも升色紙に散らした和歌のように、まるで方形の石印材に彫られた篆刻のように。

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2009/08/28

189 インストラクションゲーム

インストラクションゲームは、なんだか気恥ずかしかったり、ばかばかしいように思えてなかなかできない行為や、昔は普通にやっていたけれどいつの間にか忘れてしまったちょっとしたゆかいな行動を促そうというゲームです。このカードには、おとなたちがばかげた行為として見過ごしているような子どもたちが行う無邪気で素朴な振る舞いが書かれています。そのカードをうけとったならば、子どもたちすら人目を気にして躊躇してしまうような他愛も無いことでも、臆せず実行するのです。他を驚かしたり、自分もわくわくしたりするようなちょっとした冒険は、長い時間をかけて遠い国へ旅したり、特別なアトラクションで刺激を得るのと同様、いやそれ以上の驚きと喜びを体験できるはずです。普段の生活のなかに身をおきながら、ちょっとした働きがけによって心が刺激され、忙しい日常がとても豊かになるのです。例えば寄り道をしてみたり、早起きをしてみたり、静かにお茶を飲んでみたりというふうに・・・。

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インストラクションカード

こんな指令どうかな?
「『ありがとう』ってかいた紙を こっそり だれかのポケットに入れてみよう」
「となりのひとと 目があったら ほほえんでみる」
「山のてっぺんに 立っていると そうぞうしてみよう」

2009/07/24

188 伊三郎の椅子

実質ブルーノ・タウトを呼び寄せたという上野伊三郎は、群馬工芸所(群馬産業技術センターの前身)の初代所長としてしばらく間、群馬で過ごしました。京都出身の伊三郎は、関西を中心に「日本インターナショナル建築会」とう建築運動を立ち上げ、タウトはこの会に招聘されて日本へ立ち寄ったと言えます。ドイツ人でデザイナーのリチ婦人とともに伊三郎は、工芸所で地元群馬の山間部に自生する篠竹を活用して、地元の職人によってつくられる椅子と卓子のデザイン、製作しました。これらは、タウト指導のもと井上房一郎によって出店されたミラテス(銀座店と軽井沢店がありました。)というデザインセレクトショップに置かれ市販されたと言います。写真のみ残されていたそれらの一部が、タウトが日本滞在中唯一デザインした熱海の日向別邸の地下室で発見されたのです。一時この椅子の復元を模索していましたがしばらく頓挫しています。でも、いつか再現したいと思います。そこには、きっと群馬の産業を元気にするヒントがあるかもしれせんから。

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伊三郎がデザインした椅子と卓子

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日向別邸で見つかった伊三郎の椅子と卓子。
これを手がかりに復元したい

2009/07/16

187 贅沢な昼食

これほど暑くなるちょっと前のことです。50年も前に封印されて、ようやく姿を現した壁画の鑑賞に桐生へ行きました。織物の街桐生は、本町通りの有隣館やからくり人形、月一の骨董市など魅力と話題満載の街です。昔、毎日仕事に通っていた時は、自宅と桐生の往復でその奥深さを体験できなかったのが残念です。そのころから伝説になっていたある店の漆喰の壁面から、あの棟方志功の壁画が姿を現したのです。桐生の奥深さというか物持ちの良さというか本当に驚きです。棟方志功を知ったのは、フーテンの寅で有名な渥美清が志功を演じたTVドラマでした。超ど近眼の黒眼鏡をかけた主人公が版木にひたすら向かって彫っている姿が目に焼き付いています。後日、本当の志功が版木をなめまわすように創作をしている姿にびっくり。その映像をみただけでも棟方志功の魅力が伝わってきました。半世紀も前に描かれたと思えないほどスッキリした壁画を観ながらの贅沢な昼食でした。

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つい先日描かれたよう


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薄暗く不気味な店内の様子


2009/07/15

186 夏休みの絵日記「とうさんよろしく」

いつもよりちょっと早く梅雨が明けました。数日すると子どもたちは、夏休みになります。残念なことにおとなになるとだんだん夏期休暇への期待はうすれてしまって、お荷物のように感じることすらあります。でも我が子が幼いころの夏休みは格別です。子どもたちは解き放たれた自由な時間を手にいれ、思いっきり遊ぶ夏休み。真っ黒に日焼けしてお風呂に入るとお尻が真っ白けで、こんなに色白だったかと驚かされます。とにかくいつもと違う日々がある。でも当然、宿題という悩ましい荷物があったりなんかして・・・。夏休みの宿題の定番といえば絵日記だった。近頃もそうなんだろうか? ここに家族旅行を克明に記録し、その楽しさを豊かに表現した絵日記があります。それを見るとあの時のあの場所へすぐにタイムスリップさせてくれます。絵日記の魅力は、文字で表せないことを絵で、絵で伝えきれないことを文字でと互いに補うので内容に奥行きがでます。だから楽しい思い出を封じ込めるのには最適なのです。今年もとうさんがんばります。

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2009/07/08

185 水鉄砲

先端をバケツの中に入れて、棒を引くとキューと音をたてて水が筒の中に気持ちよく吸い込まれます。いっぱいになったところで棒を一気に押すと竹筒の先にあいた小さな穴から勢いよく水が飛び出し気持ちのいいことこの上ありません。そう、水鉄砲です。夏の教室では針金で手製のポイ(金魚をすくう輪っかのこと)をつくって金魚すくいをしてみたりソーメン流しをしてみたり、水を使った遊びをよくします。程よい太さの竹を用意したら一方だけ節をのこして切ります。残した節の真ん中あたりにキリで穴をあけます。(孔の大きさが肝心)これが水の出入り口になるのです。棒の先に竹筒の内経にぴったりになるよう引き裂いた手ぬぐいをぐるぐる巻きにして、水を押し出す押し棒をつくります。当然布は竹筒にピッタリ納まるようしかも簡単に取れぬようしっかり巻きますが、少々隙間があってもOK。漏れた水が飛び出して自分にふりかかってとても爽快だから。水鉄砲で遊べば打ち水の代わりになるので地球に優しいヨ

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184「枯れ葉のコートで冬支度」

モクレンの葉っぱをかき集めて暖かで洒落た上着をつくってみました。そんな枯れ葉を庭一杯に敷き詰めたのは、昨晩吹いた木枯らしのせいです。黄褐色の落ち葉が秋の朝日をうけて黄金色に輝いています。日毎に寒くなるこの季節、落ち葉を使ってつくられた洒落たコートやジャケットを蓑虫のように身にまとって散歩してみるのはどうでしょう。枯れ葉が土に帰ってしまうまえに。自分の身体にあわせた型紙を貼り合わせて、かき集めた葉っぱをただただ貼り付けるだけです。やっぱり接着は両面テープが良いでしょう。冷たい秋の雨が染み込まないように葉っぱは下から上へ隙間無く重ねながら貼っていきます。できあがったら早速そでを通してみましょう。意外に軽くて暖かい。これを身につけて森を散歩したら、きっと森にとけ込んで自然と一体になってしまうでしょうね。

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183「マスクマン」

今年もとうとうマスクをする人の姿が目立つ、あのいまいましいインフルエンザの季節がやってきました。風邪やインフルエンザの予防はというとひたすらウガイと手洗いでしょう。注意しないととんでもない高熱でうなされなければなりませんから。近頃の予防マスクは抗菌仕様だったり顔によく密着するようにできて、いろいろ工夫がほどこされています。さて、教室にも恐ろしいウイルスが漂っていてはとみんなの分のマスクを用意しました。でも、真っ白な同じマスクをそろってかけている様子を想像すると少々怖いものがあります。だからちょっと工夫をして、白いマスクに犬や猫などの動物の鼻面やひげ面、牙のでた口、裂け口など。それはそれは面白い絵を描いてみましょう。機能優先のマスクも楽しいものになります。

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182「太陽とともだちになる」

春分の日が過ぎると急に日差しだけが春らしくなって、それでいて風はやたらと冷たく視覚と肌感覚がチグハグで激しく身体が戸惑ってしまいます。何度となく春を迎えているはずなのに、なかなか慣れない初春の到来です。3月生まれだというのに・・・。本格的な春を待ちながら太陽を友だちにして戯れるのもこのころの楽しみです。ロジャー・アックリングという英国生まれのアーティストは、世界中を旅しながら何時でも何処でも頭の上にある太陽の力を借りて流木などの廃木材に虫眼鏡で日差しの痕跡を残すサンドローイングという作品を残しています。虫眼鏡は微細な事物を拡大するだけでなく、太陽の光を集めて焦げ目でドローイングすることもできるのです。ちょっと注意が必要ですが、じっと辛抱強く光りを集めて木片に焦げ目をつけたり、画用紙に鉛筆描きした線の上を集めた光をなぞって焼き切るのも不思議に楽しい。太陽の限りないエネルギーを実感します。


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181「見えないものが見えてくる」

紙に絵の具をたらして二つ折りにしてみると、奇妙な左右対称の染み模様が表れ出ます。スイスの医師ロールシャッハさんは、この偶発的な模様を見て何を想像するかで人の性格を分析する方法をあみ出しました。また、シュールレアリズムという絵画運動の画家たちは、デカルコマニーという技法で絵を描いています。この手法も絵の具を紙にたらして別の紙に転写して意図しない色や形を生み出すというものです。自分ではどうにもならない偶然を味方にしていつもと違う驚きのある絵を描こうというこころみです。絵の具は、水分の少ないどろっとした状態がよいようです。乾かぬうちにしっかり二つ折りにするか、他の紙に転写します。誰にでも簡単に不思議な模様がつくれるので、繰り返しやってみましょう。現れた模様からいろいろな形を連想して加筆してみたり、タイトルをつけて言葉をそえてみるといままで見えなかった形を発見します。ちょっとばかし心の目を開いてみると見えなかったものが見えてくる。心理テストはともかく、想像力を鍛えてくれる良いトレーニングになりそうです。

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なんだかカエルのようだよ


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